プチのおばあちゃん。81歳。

小柄で細くて可愛らしいおばあちゃんは、とっても行動派でフットワークが驚くほど軽かったです。

いつも、抱えきれないほどの愛情で包んでくれていた

大好きで尊敬してやまないおばあちゃんが

旅立ちました。

コロナの影響で最期の三か月は病院の面会が禁止されていて

会うことが出来なくて。

最後の会話はなんだったんだろう、

最後手を振って病室を出る時どんな顔をしていたんだろう

とハッキリ思い出せなくて

コロナを恨むとともに、

大切な人に、もし側で直接感謝を伝えられる環境にいるならば

ためらうことなく伝えて伝えて伝えまくるべきだと痛感しました。

では、おばあちゃんとの思い出を書いていきます。

忘れる事なんてないけれど、

忘れないように。記しておきます。

読むと、きっと大事な人に感謝を伝えたくなると思います。

おばあちゃんは、病気になってしまうまでずっとお仕事をしていたから、

昔はおばあちゃん家に遊びに行っても午前中しか一緒にいられなかったりと短期集中で

おばあちゃんは日々忙しかったけれど、

小学校の運動会の時は、

少ししかいられなくたってお仕事が始まる前まで絶対来てくれていた。

豪華なお弁当も作ってくれていた。いつも大きなオードブルを持ってきてくれていて、私はずっと買ってくれてたんだと思っていたから

全部作ってくれていたと知った時は驚いた。海老フライとかポテトとか唐揚げとか美味しかったなあ。

お盆やお正月に、おばあちゃん家に泊まりに行った時に、

たまに翌日の朝ごはんを食べにお散歩がてらダイエーの1階まで行くのが楽しみだった。

勿論、お家でおばあちゃんが作ってくれた朝ごはんを食べるのも楽しみだった。

おにぎりとか豚汁とか。

私にとって、おばあちゃんの思い出の味は豚汁。すっごく美味しかった。

昔、おばあちゃんは

ヨークシャテリアのプチを飼っていた。

プチが可愛くて可愛くて、一緒にスーパーに買い物に行って外でお留守番したり。

お泊まりした時、夜トイレに行くのが怖かったんだけど

起きたらプチがついて来てくれて、トイレの前で待っていてくれて、終わったら又布団までついて来てくれた。なんて可愛いのかしら。

プチは大体おばあちゃんの顔にお尻をくっつけて寝ていたから、

夏は暑かったみたい。笑

ちなみに、プチを飼っていたから呼び方は

”プチのおばあちゃん”。

私が大学のセンター試験を受けに行った時、

乗った電車がおばあちゃん家から見える線路を通ったんだけど

あとからおばあちゃんが

”サキちゃん見えたよ”

と電車に乗った私を見えたと言っていた。

あんなに高速で通り過ぎたのに。笑

おばあちゃんは運動会やバレエの発表会などイベントごとは皆勤賞で来てくれていたんだけど、

なんと私のバイト先にまで来てくれた。

インターナショナルスクール時代、

中華料理屋さんでバイトしていた時に

おばあちゃんがお客さんで急に来て(見に来た)。あの時は驚いた。笑

お会計の時レジでお持ち帰り用の肉まんをいくつか買ってその場で渡してくれた。

ちょっと恥ずかしかったけど、わざわざ電車に乗って来てくれて嬉しかった。

私が留学する時、

おばあちゃんが手紙をくれたんだけど

その手紙の下書きのメモが出てきて。

わざわざメモに書いてから手紙を書いてくれていたなんて。

“身体に気を付けてね、お友達沢山作ってね、おばあちゃんはサキちゃんが帰国するまでなんとか元気でいるから心配しないでね”

とか。

涙なくして見られない大切な大切なメモ書き。

おばあちゃんはスーパーでの買い物が好きで

じっくりじっくり選んでいた。

めっちゃ早いさくらのおばあちゃんとは対照的。笑

気になる方は下にさくらのおばあちゃんとの思い出の記事貼ってあるので是非。

自分の買い物は、1円でも安いものを選ぶのに、

私の家に買ってくれるものは躊躇なく高いものを選んでいた。

私は蟹が大好物だと思っていて、(確かに蟹好きだけど笑)

スーパーで店員さんに

”カーニーありますか?”

と聞いた時に、店員さんがどう聞き間違えたのか

”カワハギ”

を持ってきて???になってしまっていた事があった。笑

おばあちゃんはとにかく食べるのが大好きだった。外食した時になかなか決まらなかったけど、メニューの端から端までじっくり見て決めるのが好きだったみたい。

王将のらーめんが大好きで、

私が高校生の時におばあちゃんの誕生日に王将のらーめんを奢ろうと思って

学校帰りおばあちゃん家まで行って一緒に王将へ行って2人でご飯を食べて。

私が奢る気満々だったのに結局私が奢ってもらって

お小遣いまでもらってしまったり。

お会計の時のおばあちゃんの強さは半端なかった。笑

誰も勝てない。笑

ラーメンとカレーと冷やし中華とお寿司とスイカと柿とキムタクがほんとに好きだったおばあちゃん。若い。笑

おばあちゃんは派手めなファッションが多くて、昔のビデオを見ていた時に

サファリパークへ

上下アニマル柄の洋服を着ていた映像があって流石にツッコんだ。危ない!って。笑

華やかな方が好みなのか、

おばあちゃん家に行く時に赤いリップ付けていったら

赤いの良いね

って褒められた事があった。おばあちゃんのファッションチェッククリア。笑

アクティブで気軽に電車や自転車で出かけていたおばあちゃんだけど、

病気になってしまってからは

食べ物も飲み物も制限が厳しくて

週に3回も透析をしに通院しなくてはいけなくて

入退院を繰り返してしまっていて

好きな事を全然できなくなってしまっていて。

そんな辛いことを約8年間も耐えていたなんて尊敬しかないです。

早くにおじいちゃんが亡くなったから

寂しかったと思うけど

おばあちゃんの精神力の強さは本当に凄いと思う。

おじいちゃんは”寅さん”みたいな人だったみたいだから、又おじいちゃんに世話焼いているのかな。

今まで沢山我慢してきた分、

これからは思いきり自由にやりたい事やってね。

ずっとずっと大切で大好きな自慢のおばあちゃんです。

1年間の間にまさか2人もおばあちゃんを見送ることになるなんて。

試練の年だなって思います。

これでおじいちゃんとおばあちゃんはみんないってしまって

空いた穴が塞がらないし

昔から

”おじいちゃんとおばあちゃんにひ孫を見せること”

が夢だったのに、それどころか花嫁姿も見せる事が出来なくて

おじいちゃんおばあちゃんへの目標が何ひとつ叶えられなくて悔しいけれど

何とか前を向いて頑張っていきたいです。

これからはずっと側で見守っていてくれているから、そう思うと力強いし

悪いことできないね。笑

プチのおばあちゃん、今までありがとう。

日記を読んで下さりありがとうございます。

Saki

さくらのおばあちゃんのおはなし。